4年間を振り返って

H20年卒 長谷川大洋

200845日、僕は北海道大学ボート部に入部した。北海道に来た当初は、ボートを漕ぐつもりはなかったが、北海道大学ボート部の先輩たちの熱い気持ちに引かれ大学でもボートを漕ぐことを決めた。

 

北大から自転車で30分くらい行った場所に僕らの練習水域である茨戸川がある。1000mのコースを含む全長2.5kmくらい、往復5kmほどの水域だ。北海道という地にふさわしいくらい広大な川で、昔は石狩川の本流だったが、今は河川整備されて三日月湖のように取り残されている。シーズン中は毎日そこで漕いでいる。

シーズン中の基本的な一日は、朝起きてボートを漕ぎ、マネージャーが作ってくれたご飯を食べ、学校へ行き、授業が終わると、またボートを漕ぎに茨戸へ行く。ただ、戸田にある大学と違うのは、比較的艇庫と家が近いので、毎日帰れるということだ。

また、北大と他大学が決定的に違う点は、冬漕げないということだ。冬になると川が凍り、茨戸川はワカサギ釣りの名所になっている。僕は何度か真冬に茨戸川に行ったことがあるが、歩いて対岸まで問題なく歩けるほど分厚い氷に覆われている。

シーズンは4月から10月いっぱいまで、残りの11月から3月まではオフシーズンで、主にウエイトトレーニングやエルゴだ。他にはクロスカントリースキーという雪国ならではのスポーツもやる。他大学と同じように冬漕ぐことができないのは、大きな弱点ではあるが、逆にこの点を強みとして、強い体を作ることを目的に冬にトレーニングする。そして、この冬漕ぐことのできない北大が、勝つことによって社会に大きな可能性を示すということを北大ボート部の理念の一つとしている。

 

北大ボート部という集団は、非常に個性的だと思う。部員は4050人ほどで、北海道から沖縄まで、さまざまなところから来ている。ほとんどの部員は大学で初めてボートを漕ぐという人たちだ。僕のような経験者は学年に1人か2人でかなり珍しい。そんなボートを大学から始めた人たちが、毎日ボートを漕ぎ、私立の経験者を集めている大学と戦う。そして、勝つ。ボートがカレッジスポーツと呼ばれるのは、大学からボートを始めてでも、勝てる。僕がボートを好きな理由のひとつだ。

 

僕は、高校の3年間でボートについてずいぶん知った気になっていたが、大学に入って、まだまだボートを知らないことを知らされた。エイトをはじめとするスイープ種目を漕ぐというのが一つの例だが、艇の動かし方や体の使い方など、極めれば極めるほどボートというスポーツは奥が深いものだと思う。今でも日々、発見の連続だ。「ROWING FASTER」というボートの本の一番最初の章にこう書いてある。「THE ART OF ROWING」。その言葉の通り、ボートは芸術だと思う。ボートを極めることに限界はない。このことが、ボートが多くの人を魅了している理由の一つではないだろうか。

 

僕が、4年間を通して一番の思い出の試合は、僕が2年のときの全日本新人戦で、フォアで2位になったことだ。2位というのは勝利ではないが、僕がボートをやってきて初めて表彰台に立ち、メダルをもらったということが、当時とてもうれしかった。

また、逆に悔しい思いもたくさんしてきた。一つ一つ上げればきりがないが、中でも、一番悔しかったのは3年のときのインカレであと一歩のところで表彰台を逃したことだ。部屋に戻って着替えていたときに、ファンファーレの音が聞こえてきて、悔しさのあまり、思わず泣き出してしまったことを今でもよく覚えている。

 

この4年間ボートに打ち込んだが、まだ心残りがある。だから、僕はまだ引退せずに来年、大学院に進学したあともボートを漕ぐことを決めた。今も毎日トレーニングをしている。そして、今、改めて思うが、やっぱりボートは楽しい。きっと生涯かかわっていくことになるだろう。