4年間の航跡

                                             清水 大輔     

 2007年4月1日・・・私は早稲田大学漕艇部の門を叩いた。

 大都市東京ということもあり、意気揚々の中にも不安な気持ちがあったことは否めない。しかし、そんな気持ちを吹き飛ばすかの如く、無我夢中で部に慣れようと必死だった。多くの大学が選抜試験を行い、経験者で部員を構成するなか、我が漕艇部は違った。部員は出身地はもちろんのこと、経験未経験問わず、入試形態、実績など全員バラバラであり、それぞれが異なるカラーを持っていた。始めは戸惑いもあったが、これが早稲田大学漕艇部であり、良さなのだと感じるようになった。全く異なるバックグラウンドを持つ部員と切磋琢磨することは非常に面白かったが、一方で絶対に負けたくないと思った。

1日の行動パターンは、起床→朝練→講義→午後練→就寝であった。朝早い時は4時半から練習、夜遅い時は21時頃に水から陸に上がった時もあった。夏場は朝早く夜遅いのは涼しくて大歓迎だったが、冬場は地獄のようであった。桟橋は凍結し、練習中には艇に氷が付着するという有様であった。しかし、辛いことばかりではなかった。自然に触れることが出来たのは素晴らしいことだと思った。水面(みなも)を流れる風を感じながら、移りゆく景色に触れることは陸では感じ取れないものである。これは、ボートを愛して止まない者の深い味わいであると思う。またボートの醍醐味と言えばレース中にも多く存在するのではないだろうか。駆け引き、0.01秒の差、一糸乱れることが許されない緊張感など、挙げだしたら切りがない。ボートには人を魅了し、虜にする不思議な力が秘められていると思う。

   シーズンは早慶戦を皮切りに全日本軽量級選手権、インカレ(全日本大学選手権)、そして、全日本選手権で終わるといった具合であった。その中でも数々の功績を収めることが出来た。一番の記憶として輝かしいのは、第88回全日本選手権においてM4+で優勝出来たことである。

   4年間は本当に早かった。今、卒部をして思うが、異なる環境で育ってきたからこそ、対立することも多々ある中、いろんな角度から物事を捉えることが出来、また、一定方向に向かい自ずとベクトルを揃えようとする相乗効果を生んだのではないのかと思う。故に、ボートは究極のチームスポーツであるということが改めてわかった。この4年間で経験し、学んだことは、今後の私の人生の糧になっていくであろう。これまで支えて下さったたくさんの方々への感謝の気持ちを忘れることなく新たな旅に出たいと思う。

自分の空を越えるべく翼を広げ、私は飛び続ける。これが私の行跡なのだと胸を張って語れるように・・・。