津高同窓会の旅

内保忠勝[昭和36年卒]

エーゲ海の船旅に去年の秋行った。津高同窓会の有志の旅であり、その存在は知っていて一度は参加してみたいと思っていたが、もう自分には無理かも知れんと思っていたが図らずも無事実現出来て嬉しかった。そこでは異文化と美意識の固まりが在った。

 異文化というが、それは東洋・純日本文化で培養された私のような者にとっても何処か理解出来るものを底に秘めているものであった。なるほど見るもの聴くもの食べるものは全て珍しいおもしろいものばかりであるがすこしその説明を享けると頷かされるものが多かったのである。

自然と美意識に対する様子も随分相違するのと同時に一方、驚くほどの普遍性を感ずるものであった。

石灰石の真白な岩肌の島々、それらが一気に落ち崩れる群青のは私にはまるで一幅の絵画にとび込んだ錯覚に陥った。

 しかしその一見無機質な絵画の中に人間が佇んでいた。まるで突然と人がいるのである。洗濯物があり夕餉の匂いがあり子供達の蠢きが風に躍んでいた。

 そこには人生と生活は同じではないといわぬばかりの美意識が存在するのである。

 これは何であるのか。

 しかも四千年という人類最古の歴史を秘めた佇まいである。

これは何であるのか。

この時空に対する意志表示は誰によってなされたものかと問わずにはいられぬ旅であった。

 筆をあらためて

 このたびの此の旅行が意外にたのしかったということである。

 互いがその時に初対面というのが殆どの六十、七十、八十の扱い難いわがまま者ばかりで、初めはどうなることかと心配もしたが、津高同窓会という目には見えぬ限界腺が意外に確りとその放逸を戒めて個人的にも全体的にも実に立派な旅となったのである。

 サントリーニ島の夕日、葡萄樹下で一同が唱った津高の校歌の響きは忘れられない。その旅舎のスタッフ連もフライパンを叩いて吾らの思いを讃えてくれた。私は外に芸もなければボート部の歌を思い切り唱った。

 もう再びは還らぬあの津高青春の日々、老生の一刻も復淡く流るるのみ、津高の輝く誉れあれ。